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金沢地方裁判所 昭和31年(ワ)116号 判決 1957年3月11日

原告

石崎太助

外一名

被告

関口直〓

主文

被告は原告石崎太助に対し金参拾七萬五千八百六拾円、原告石崎あやに対し金弐拾七萬六千六百六拾六円及び右各金員に対する昭和三十一年三月三十日より支払済に至る迄年五分の割合による金員を支払せよ。

原告等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(省略)

理由

原告太助が昭和二十年十一月より石川県石川郡鳥越村字三坂チ百番地に間口一間半、奥行四間(建坪六坪)の平屋建家屋一棟を所有し原告両名夫婦並びにその家族が之に居住していたこと、その隣地たる同村同字チ九十九番地甲及び乙に跨つて被告が二階建家屋一棟を所有していること、右被告所有家屋の屋根は原告所有の右家屋の方向に傾斜していること、昭和三十一年一、二月頃は同村地方には相当の降雪があり、同年二月十四日午後十時四十五分頃被告所有の前記家屋の屋根雪が突如雪崩れ落ちたことは当事者間に争がなく、深さ約七十三糎余の屋根雪は原告所有家屋の東側面上方より斜下方に向けて雪崩れ落ちると同時に原告所有家屋は柱が折れ倒潰したことは証人加藤博一、同石崎隆治(第一回)、同小山外吉、同岩上敏雄、同三崎国磨(二回共)及び原告石崎太助各訊間の結果並びに検証の結果を綜合して明白である。そして右事故により屋内に就寝中の原告両名の次男石崎直則(昭和十九年三月五日生満十一年)は殆んど即死に近い状態で圧死したこと、家屋が全壊したこと、仏壇、ラジオセツト、箪笥等の家財が損壊したことは当事者間に争がない。

原告等は、右事故は被告が雪崩れ防止施設が極めて脆弱なものであつたことに基因し工作物の設置又は保存に瑕疵があつたと主張するから按ずるに、検証の結果と証人田中利雄、同吉田二郎及び被告本人各訊問の結果を綜合すれば、被告所有二階建家屋の家根(原告所有家屋に面する屋根)の西端の高さは二〇、八尺であり原告所有平屋建家屋の屋根(被告所有家屋に面する屋根)の東端の高さは約八尺であるから双方の屋根の高低差は約一二、八尺であること、原告所有家屋の東方側面と被告側の屋根の西端との地上線における距離は五尺二寸であること、原告所有家屋の方向に傾斜している被告所有家屋の屋根の面積は約一尺四方の瓦を縦に二十一枚、横に三十八枚葺いてあること、被告は落雪防止施設として昭和二十八年八月頃雪止め瓦(瘤付き瓦)一回分を二段に葺くと共に雪止め用丸太二本を八番鉄線で屋根に取付けておいたことが認められ、本件事故当時の右屋上の積雪量が約七十三糎であることは前認定の通りであり、前掲各証拠及び証人堀畑仁佐郎の証言を綜合すれば当時右屋上の積雪はいわゆる「あまけ」で多量の水分湿度を含んでその重量が増大しており、その積雪の下部は凍結して滑り易い状態となつて右雪止め丸太に重圧がかゝつたので之を縛つてある八番鉄線を引きちぎり雪止め瓦の瘤をも引きちぎつて右屋根雪(原告所有家屋の方へ傾斜した屋根雪)の約三分の一が巨大な重量と加速度を以て原告家屋の屋根及び側壁に斜めに雪崩れ落ち、之に激突して轟音と共に平屋建六坪の原告家屋を倒壊したものであることが認められると共に、かかる雪崩れによる事故を防止するために最も適切な措置は屋上の除雪であることが認められる。右認定に反する被告本人訊問の結果は措信できず他に右認定を覆えすに足る証拠はない。右認定事実によれば被告はその所有にかゝる二階建家屋が原告太助の平屋建家屋に近接していることを熟知し、且つその屋上に約七十三糎余の積雪が存するにも拘わらず之を放置して除雪作業をしなかつたのみならず、被告の雪崩れ防止施設は本件事故を防止し得る程強大なものではなく、従つてその意味では脆弱であつたとの非難を免れ得ない。被告が右の通り被告所有家屋に付除雪作業をしなかつたこと及び雪崩れ防止施設の脆弱であつたことは民法第七一七条の規定にいわゆる工作物の設置と保存に瑕疵がある場合に該当すると解するを相当とする。被告は落雪防止のために雪止め瓦を葺き、更に雪止めのための丸太二本を八番鉄線で縛つておいたにも拘わらず事故を発生したのであるから、本件事故は不可抗力であり被告に賠償責任がないと主張するけれども、右認定の通り被告が設置及び保存に瑕疵ある建物の所有者である以上、同条はたとえ損害の発生が所有者の故意過失に基かぬ場合であつても尚瑕疵の存する工作物所有者において損害賠償責任を負担すべき趣旨の無過失責任の規定であるから被告の右主張は採用できない。

よつて次に原告両名の請求する損害額につき判断を進める。

イ  前記事故により死亡した原告両名の次男石崎直則が昭和十九年三月五日出生で死亡時満十一年であつたことは当事者間に争がなく、男性の平均年令が満六十三年であることは既に公知の事実であるから、右直則は右事故がなかりせば労働期間を四十年とする原告等の主張は之を相当とすべく、成立に争のない甲第六、第七号証を綜合すれば、男性労働者の一ケ月平均所得(収入金より生活費を控除した純益)は少くとも金四千円以上であることが推認できるから之を積算すれば、一ケ年金四萬八千円、四十年で金百九十二萬円となり、之を五十二年遡つて現在受領するものとしてホフマン式計算法に従い年五分の利率により算定すれば金五三三、三三三円(円以下省略)となり、原告両名は直則の相続人として右金額の損害賠償請求権を承継している。

ロ、前掲認定事実と原告両名訊問の結果を綜合すれば、原告両名の直則死亡による精神的苦痛に対する慰藉料は各金五萬円を以て相当とする。

ハ、証人石崎隆治の証言(第二回)によれば全壊した原告太助の所有家屋に対する損害は一坪金一萬円として金六萬円が相当であり、右認定に反する原告太助訊問の結果も右認定を覆えすに足らない。

ニ、動産の損壊による損害は当裁判所が真正に成立したものと認める甲第五号証及び原告太助訊問の結果に基き次の通り認定する。

仏壇  金 九、〇〇〇円

ラジオ 金 九、八五〇円

戸棚  金 一、五〇〇円

計  金二〇、三五〇円

箪笥に関する損害の立証はないから此の点は認めない。

ホ、直則の死亡による葬式費用が金一八、八四四円であることは証人石崎隆治の証言(第二回)及び之により真正に成立したものと認める甲第三号証、甲第四号証の一乃至九、証人宮下八郎の証言により真正に成立したものと認める乙第一号証を綜合して之を認める。

右認定の損害額と原告の主張する請求額との範囲内において原告太助に対し認容すべき損害賠償額は右

イの半額 二六六、六六六円

ロの内金  一〇、〇〇〇円

ハ     六〇、〇〇〇円

ニの合計  二〇、三五〇円

ホ     一八、八四四円

計  金三七五、八六〇円

原告あやに対し認容すべき損害賠償額は右

イの半額 二六六、六六六円

ロの内金  一〇、〇〇〇円

計  金二七六、六六六円

である。

被告が原告等に対し金弐萬円を慰藉料として支払つたことは原告太助及び被告各本人訊問の結果により認め得るも慰藉料額は原告両名に付各金五萬円を相当とすること前述の通りであり、原告等の訴旨は右の受領額弐萬円(原告各人に付壱萬円宛)を控除した残額に付慰藉料として各金壱萬円を請求する趣旨なること弁論の全趣旨より明らかであるから、右金弐萬円は本件に算入しない。

よつて被告は原告太助に対し金三七五、八六〇円、原告あやに対し金二七六、六六六円及び右各金員に対する訴状送達の翌日たること記録上明らかな昭和三十一年三月三十日より支払済に至る迄民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を有するも、右を超過する原告両名の請求は理由がないから棄却すべきである。右棄却部分につき民法第七〇九条による予備的請求につき判断するに、右棄却部分は損害額の立証がないのであるから原告等に対し認容すべき範囲は前記認容部分と同一に帰着しその余は棄却すべきである。訴訟費用に付民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して被告の負担とし、仮執行の宣言は緊急に執行すべき必要性に乏しいから之を付けないこととし主文の通り判決する。

(裁判官 辻三雄)

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